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ふるさとを失ったのだから、泣いてもいいんだ

卒業した学部が今年度でなくなるとのことで、さよなら展に行ってきた。在籍生と卒業生が映像、演劇、写真で、お別れをする会だ。私は、大学時代映像を専攻して、映像を使ったインスタレーション(空間演出)作品を造っていた。校舎は、ちょっとしたサインと、一部のネオンが目新しかっただけで、変化は暗闇に紛れていたのか見つからなかった。私たちが過ごした3号館には映像スタジオがあって、そのホリゾントで映画が流れていた。うっかり締め切りを間違えて、私の映像は流せなかったが、恩師たちが子供たちを快く迎え入れてくれて、一緒に映画を観た。アングラな白黒映画だ。息子は映画が始まって5分たっても、「早く映画始まってほしいね」と言っていた。配給会社の映像がずっと流れているとでも思ったのか。「色がないね」「映像がないね」「青とかがいいんだけど」まあ、この映像に色をつけるなら、青なのかもしれない。ところどころはげて鉄がむき出しの赤い手すり、青いごみ箱、暗室のあるプレハブの屋根、桧山さんのホログラフィ室も、何も変わっていなかった。スタインベックも鍵のかかったあの部屋にあるんだろうね。家に帰ってこどもを寝かせたら、「作品はこどものようなものだから」と言った恩師の言葉を思い出した。あれからこどもは2人生まれた。あそこは、わたしのふるさとだったんだ。ふるさとを失ったのだから、泣いてもいいんだ。